おりけんすきです 畑です
地震が来たのが3時49分 めちゃくちゃでかい地震だと思ったんで
一応地震が落ち着いてから携帯とか持てるものだけ持って中学校の方にひなしたんですよ
縦の方にカメラを持って行って それでそこで消防団の方とかが
津波が来るから逃げなさいということを無線で 覚醒期で
大きな声で言ってたんで写真をそれなりに撮ってから中学校に戻ったんですけど
その中学校に戻って中臨場に自転車を置いて
2階を見たら2階にいた人たちがみんな沖の方を指さすんですよ
それで振り返ったら土地を波が登ってくるのが見えて
それで津波が来たんだと思って
中学校の上に登ってそこからまた写真を撮って
そこで203日勘弁状態ですよね
土地の上から見た時は別世界だと思いましたね
自分が住んでた町とは違う感じ
やっぱりアラハマに来たって思ったんでアラハマなんですけど
もしもそこでハットを目覚めたら全然知らない土地だと思うかもしれないですね
コンセプトについては思ってたけど
そこから見たことは分からなかった
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことは分からなかったけど
そこから見たことはいわかるけど
そこから見たことはいわかるけど
そこから見たことはいわかるけど
そういう機械のようなものが
新しい意味を持ってくると思います
家族の中で
私たちの方々は
私たちの方々は
私たちの方々は
私たちの方々は
私たちの方々は
私たちの方々は
私たちの方々は
私たちの方々は
私たちの方々は
水を入れて
彼らは
彼らは
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
彼らの生き方を
かまいしとか色々もあったんですけれども
その陸前高田の一番大きな避難所になっている
陸前高田台中の小高い工程の上から見た
陸前高田の市街が全く
あっ
街というのは
ガレキになるとグレイになるんだなっていう
周りの遠くに見える青くかすんだ山並みとか近く
ほとんどちょっと近い
林とか森が緑に見えるくらい
あとは全部グレイになってたんですね
アラハマの外にいる人たちに
現代のアラハマの状況を伝えたいと思って
その写真を撮ってたんですけど
それを個人レベルでも
こう意外と知ってもらえる
っていうことが分かれましたね
しなったものの方がやっぱ多いですけど
でも
その意外と自分の力でも
周りの人たちに知ってもらえるってことは分かれましたね
なんで動画を撮らなかったんだって言われるんですけど
動画を撮ったら写真撮れなかったんですよ
でその時の自分は
写真を撮るってことしか思ってなかったんで
でも正直ムービーだったら携帯のムービーとかでも自分撮れるんで
自分は写真を残したいって思って撮ってたっていうことです
基本的にはあんまり何も考えないで
シャットを切ってるんで
だから見る側の人も
そんな深く考えないで
インスピレーションで
見た瞬間に
こういう写真なんだって思ったら
その写真はそれで
まあなんていうか正解というかそういう感じだと思うね
写真を撮ると
人たちがイメージすると
感情的な方法で
インスピレーションに参加することができます
たくさんのアドバイスは
結構低くなっているけど
一瞬に見ることができます
まあ改めて
いうまでもなく失ったものは
命であり財産であり
お家であったり友達であったり
まあ
時空を超えて思い出であったり
そういういろんなものを
落ちなってしまったわけですけれども
でその中で
そういうものを失うけれども
被災地の中で
奥さんとか
何か連れ去った奥さん
ご主人を見ながら
財産も何にも全部無くなったと
これしか残ってないっていうね
あの笑顔を見た時に
あ 人が残せるもの
どういうスチエーションでも
残せるものっていうのは
やっぱり人との交流交換
喜び 愛情
そういうものは
残せる 残るっていうようなね
印象はこの期間を通して
非常に強く持ってますね
ゴールがあるかもしれないけれども
そのゴールに辿り着く
道々で見る花とか
空とか雲とか
そういうものにも
喜びとか感動を感じながら
たとえそれが途中で
道倒れても
その途中もとっても楽しかったっていうようなね
そういうふうな
あの生き方をしていかなければならない
というふうな
あの
価値観の
変容というか
進化というべきかどうかわかんないんですけど
そういうふうな
価値観の変化を持っていかなければ
この震災の
不条理な
強烈な
あの
辛い因果を超えることができないな
というふうに感じてるんですね
ん
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