高聖堂カモン評価店4代目評価市であります カモン秀雪と言います
年齢は今41歳、もうすぐ42歳になります
評価県高らずか市というのは、場所で言うと大阪から電車で30分ぐらい、評価県だと神戸という評価県の県庁所在地の神戸があるんですけど、そこからもだいたい30分ぐらい
店は今年で100年になりました
その前はこの高らずかより少し奥のところにある西野宮市ナジオというところで、神隙のお店をやっていたようです
この仕事を始めるきっかけというか、始めたのは家がだいだいこういう仕事をやっていたからというのもあるんだけれども
子供の時から仕事をしている祖父や父の姿を見ていて、ものを作っていく姿というのはとてもいいなと思っていました
自然とやらされているのではなくてやるのが楽しいなと思いながらやって、そういう環境で育ってきたから
ものを作るということの大切なものを作りというのはとても自分の中でしっくりと一番ぴったりな職業かなという感じで今やっています
本当に奥が深くて、いつもいつも新しいこと、新しいものにぶつかってるような感じです
かけじくは日本に最初に入ってきたこの日の仕事をやっていたのですが、
ぶっきょうの伝来と同じ頃になります
最初はおきょうであったりとか、仏様の絵を保存するための技術として同時に入ってきまして
それを仏様の絵なりをかけて信仰の対象とするためのものとしてかけじくが最初に生まれました
それから、カマクラ時代になりまして前週の影響を受けまして、お坊様が書き書かれた書道を軸に収めるようになり
それから室町時代に入って茶の湯が生まれるとともに季節であったり、お迎えするお客様の格式に合わせていろいろな様式が生まれてきまして
それでかけじくはどんどんいろんな種類が作られるようになりました
また、江戸時代に入ってさらに新しい様式、文人兵具であったりとか、民調であったりという新しい様式のものを加わって
江戸時代を通してどんどん発展を続けてきて今の形になっています
ただ、戦後、日本の生活様式が変わって一般のうちからとこのまがどんどん減っていく中でかけじくの需要というのは減ってはいるんですけれど
それでも、今だにやはり仏教と結びつくところ、お茶、茶の湯と結びつくところ、それから角、お花と結びつくところとかそういう場所ではまだ情報されていますし
年々、新しい形の創作、新しい様式のおうちにもかけられるようなものとして、いろいろなまだまだ新しいものが見出されている状態です
この部分、これがお分かりと思いますけど、本詞です
この本詞の上と下、これが一文字といいます。この一文字は本詞をぎゅっと引き締める役目を持っているものです
この一文字と本詞を挟みまして、こちらとこちら、これが柱というパーツになります
この柱、これはお茶掛けですので、本詞の裏側からつけていますけど、一般的には本詞の上にこれも乗るきれいになります
この柱と同じきれいが中回しという、真ん中回す中回しという、このきれいの中回しの上下になります
この中回しの上下の上、外側に天地というきれいがつきます
この上にかかっているこの棒を発送と言いますが、この発送の上にかかっているこの棒を発送と言います
この発送からぶら下がっているこのきれい、これが風帯というものです
この風帯は、昔外にかけじこをかけていた頃に、この上に鳥が止まったりしてかけじこを汚さないようにするため、風が吹いたらピラピラピラって動いて、鳥をおどかすためにつけられていたものの殴りだと言われています
この発送のここの部分、これが缶という金具が打ち込んであります
その金具に対して紐を通しているこの紐、これがかけじこをかけるための紐、かけをと言います
これがかけじこを巻いて止めるための紐という紐になります
この仕事を始めるにあたって、仲山寺のもうなくなったんですが、昔の館長さんをされていた池田駅先生というお坊さんがいらっしゃいまして
ここにご挨拶に行ったときに、1枚の紙を書かれたオシュージで書かれたものをいただいたんです
4文字の十五語が書かれたものなんですが、これが信号集の教えの中で、仏が我に入り、我がまた仏に入るという修行の教知を示している
修行の教えの信号集の教えの心遂の部分だというような4字十五語の紙をいただきました
その時はそういうふうに、そういうのをもらって嬉しいなと思ってたんですけれども
今仕事をしている中で、音楽を聴きながらとか、いろんなことをやりながら仕事を、例えばしていても
本当に仕事に集中している時はその音楽を全部忘れているんですね
全く聞こえないんです
本当に電車の前を走ってて、しょっちゅう電車の音がする、そうなんですけど、真剣に仕事をしている時はそういう音が全く聞こえなくて
隣で電話が鳴っててもわからない、そのニューががニューなんです
仕事が我に入り、我が仕事に入るという、その集中している状態というのが最近どんどん増えてきました
それがいい仕事をつながるんじゃないかなというふうに自分では感じています
初めて作った駆け軸を何年か経って今を眺めてみると
あの時はうまくできたと思っていても、今を見ると本当に施設な、なんかよくこれでできたなって言ってたなと思うぐらい
本当に下手くそで今、この前かなりいい仕事というか
重要文化財になるかもしれないようなものを修復して収める期待を認め組まれたんですが
その時持てる最高の技で自分はやったつもりです
ところが、おそらくそれをもしかしたら下手直すことがくる50年先にぐらいに
私がまだ生きててそれをもし見ることになったら本当にもうちょっとええ仕事できたんちゃうかなって
多分その時は思うかと思います
日々新しいこと、新しいいろいろなことを覚えて
まだまだまだまだ先は長い修行の毎日だと思っています
ご視聴ありがとうございました
